2008年12月23日火曜日

苔のむすまで

[saika7.JPG]

「苔のむすまで」を考えてみましょう。
先ずは、どのように印象付けたいのか?が、大事です。

ガラスが綺麗に磨かれて、曇り一つ無く、透き通っているとしましょう。
ガラスの向こうにある景色は、ゆがみ一つ無く私の目に飛び込んできます。
私はガラスがあることを、認識できていません。走り出して、ガラスに激突してしまうかもしれません。

「差」ということは、とても大切なことです。
差が有ると読みにくくなります。
活字のように同じような大きさで、無機質に書かれてある方が読みやすいはずです。
我々は文を作る人では無いので文意もあまり拘泥しません。
私は文の印象を形として繋ぎ止めようとします。
自然に、その並びの自然な変化を、ちょっとだけ、誇張します。

「苔の无須万天」
苔 風になびく、薄い紙のようなふわふわした「の」を、
飛ばないように押さえている文鎮代わりの石ころのような「苔」を書きたいと思いました。
「苔」の密度の反対のような「の」。
その二字の際だった対比を大輪の花と見れば、
「无須万天」はしっかりと伸びて支える茎の様でもあり、根のようでもある。

きっちりとしぼって・開いて・伸びて・左から右に支えて・左に力を逃がして・うずくまりつぶれる。
字を書くのではなく、なっていきたい形を描いてみたいのです。




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