2009年7月19日日曜日

通信教育スクーリング風景

通信教育福島支部も会場を一新し白河会場で開催しました。
参加者が減少し会場費等が厳しくなり、支部長の高齢も一因です。
年3~4回の開催となります。
通信にて独学している皆様が実地指導を受けることのできる数少ない場所ですので、続けていきたいと思っています。





2009年2月14日土曜日

作品の構成を考える


2009.3月号新和様の課題は
「人間365日なんの心配もない日が1日いや半日あったらそれは仕合わせな人間です」
という多字数の課題でした。

ここにあげた写真の原稿は、添削中に代表的な構成を書き記した物です。
このように書き流しながら雰囲気を掴んでいくようにすると良いでしょう。

半切作品としては二行では字数が多く三行では少し足りないという、なんともやっかいな物です。
先ず、二行に仕立てる場合、文字が小さくなるので行間が広くすっきりとした物になります。
閑散として寂しくならないように墨量の変化、や繁簡に気を配るようにしましょう。

三行に分けて書くときにはやはり行間があき三行目が短く終わってしまうようになりやすいので、
三行目に側款を入れるなど工夫するべきでしょう。時候や場所などを必要に応じ書き添えてください。

次に文意を考えてタイトルを作っても効果を上げられるときもあります。
この場合人間365日を丈夫に太く大きく書こうとしていますが、一行目に大きく書き、残りの文を側款状に書くときもあります。

最後に文全体を中に集めまとめてしまう方法もあろうかと思われます。

半切という物は書表現のあらゆる可能性を試みることの出来る基本的な場です。
ここにどのような世界を築きあげてゆくのか、全体の雰囲気に目を向けて考えを巡らせる一時を楽しんでください。


2009年1月17日土曜日

理のあるもの

嬉しいお知らせです。
昨年末に手術されたTさんが、先日お見えになられました。
暖かくなったらお稽古復帰されるとのことで、回復をお喜び申し上げます。

昨年末は私も腰を痛めあれこれと治療のようなことをしましたが、以前やったことのある
スパイラルテープを又試したところ、これが効いて嘘のように痛みが引きました。
Tさんも長い入院のせいか腰痛を訴えていたとのことで、お見えになった折
通販で入手したテープを些少ながら進呈しました。
個人差はあるかもしれませんが、痛みはつらいので、効くと良いと願っています。

同じ姿勢を続けていると腰が伸びなくなるようなときもありますが、そんなときには、
腰をいきなり伸ばすのではなく、縮めるのだそうです。
固まった筋肉を無理に伸ばすのではなく、いったん縮めてから少しずつ伸ばしていく、
至極もっともなことだと感心し、もっぱら意識することにしています。

自分だけで考えていると、このようなことも気がつかないものです。
人の話や作品からちょっとしたヒントをいただき、小さな気付きを大切にしたいものです。

無理のない自然な作品は伸びやかで美しいものです。
そのような作品は、野放図なものではなく理(ことわり)を備えています。
自分なりでよいので、理のある作品を心がけたいものです。

2009年1月10日土曜日

2009.1.10





仮名小字作品を創作するには、構成が大きな比重を占めますが、パターンに嵌りすぎるのもどうかと思われます。
皆さんの書かれてくるものを見ると動きの感じられる物が少ないように思えます。
一字一字が独立し、直立した文字が多いので、そのように感じられるのでしょう。
真正面から画面を見ることの無いように注意したいものです。
視点を右下にずらし左上を見上げるような構成を心がけましょう。
行立てを考えるときは両腕を、前倣えするように掲げ、左腕を少し開いていくような感じにして、広がりを表現しましょう。
まとまりのある作品を目指すには、両掌で全体を両脇から包み込むように各文字の回転と位置を調整してみましょう。
肘をしめ手首が締まるように両掌を行脚に向かってしぼるようにすると、ふわっとした感覚が掴めるはずです。
広がっていく感覚と、右下の視点が会得できれば、イメージが掴みやすくなります。
字を書かず広がりや伸びやかさを描くように心がけましょう。

2008年12月31日水曜日

2009 丑 「牛」賀状





丑年を迎えました。
あけましておめでとうございます。

牛を篆書というよりは、金文的に書いてみました。
やはり干支を書くことになりますが、丑より牛ですね?
何となく?
古代において牛はやはり角が印象的なのでしょう。
牛は角、馬はたてがみ。
漢字は絵文字ですから、初めは写実的な写しからなのでしょうか?
写実的特徴を失わない程度の省略が行われ、
記号として簡略化されていったのでしょう。
頭では角とか言いながら、
方向や勢いなどぐちゃぐちゃ考えているような、いないような?
考えてから書くより
書いたものの辻褄があっているか?のほうが気になっているようです。
今の気分は、こんな所のようです。
世の中がこんな状態だと、
気持ちを盛り上げたいという衝動が薄れてきて、
も~~~~!っと唸ってみたい感じがします。

2008年12月26日金曜日

年末に

今年も残すところ、わずかとなり、何かとあわただしい日々を送られているだろうと思います。

会員の皆さんの日頃の練習風景や添削を毎週のようにアップするようになり、大変ではありますが、前回の指摘した点などを私自身も振り返ることが出来。大変役立っています。

最近では積極的に皆さんの姿を写した写真なども作品と一緒に撮っていますが、お子さんなどは大変かわいらしく、ずっと時間がたってからでも、残っているアルバムとしても役立つだろうと思っています。

来年は皆さんの作品や拙作などもどんどんアップしていけたらと思っています。

世の中は大変な混乱を迎えていますが、変わり目(CHANGE)とチャンス(CHANCE)はGとCの一字違い、自分の足下を固め、常に先を見据えて日々の精進を続けたいと思います。

2008年12月23日火曜日

苔のむすまで

[saika7.JPG]

「苔のむすまで」を考えてみましょう。
先ずは、どのように印象付けたいのか?が、大事です。

ガラスが綺麗に磨かれて、曇り一つ無く、透き通っているとしましょう。
ガラスの向こうにある景色は、ゆがみ一つ無く私の目に飛び込んできます。
私はガラスがあることを、認識できていません。走り出して、ガラスに激突してしまうかもしれません。

「差」ということは、とても大切なことです。
差が有ると読みにくくなります。
活字のように同じような大きさで、無機質に書かれてある方が読みやすいはずです。
我々は文を作る人では無いので文意もあまり拘泥しません。
私は文の印象を形として繋ぎ止めようとします。
自然に、その並びの自然な変化を、ちょっとだけ、誇張します。

「苔の无須万天」
苔 風になびく、薄い紙のようなふわふわした「の」を、
飛ばないように押さえている文鎮代わりの石ころのような「苔」を書きたいと思いました。
「苔」の密度の反対のような「の」。
その二字の際だった対比を大輪の花と見れば、
「无須万天」はしっかりと伸びて支える茎の様でもあり、根のようでもある。

きっちりとしぼって・開いて・伸びて・左から右に支えて・左に力を逃がして・うずくまりつぶれる。
字を書くのではなく、なっていきたい形を描いてみたいのです。